正解はひとつじゃないー感染制御のプロに聞いた、人生が楽しくなるものの見方―

海外
新型コロナウイルスの流行を受け、今日感染制御学という医療分野が注目を集めている。当分野の日本における牽引者である順天堂大学大学院感染制御学教授・堀 賢(ほり さとし)氏は医療感染制御の第一線で活躍する傍ら、専門以外の多分野にわたって事業を行っている。堀氏の医師として異色ともいえるキャリア形成や当時医学界の常識を覆した大発見、そしてイギリス留学で身につけた“人生をより楽しくするものの見方”まで、堀氏がマルチに活躍する秘訣を探った。
聞き手:伊藤春花、加藤眞理子、吉富櫻嘉/文:吉富櫻嘉/写真:稲垣麻里子
【プロフィール】
堀 賢
Satoshi Hori

研究職略歴
1991年 順天堂大学医学部医学科卒業
1995年 同大学院医学研究科(病理系・細菌学)修了
1999年〜2001年 Nottingham University, Division of Microbiology & Infectious Diseases, Research Fellow
2013年 順天堂大学医学部大学院医学研究科(感染制御科学COE)教授
取得資格(認定・専門医等)
1995年 医学博士
2001年 Diploma in Hospital Infection Control(英国感染制御専門医)
2002年 ICD制度協議会認定感染制御ドクター

多分野に渡り活躍する感染制御学のプロ

―堀先生は今どのような活動をされていますか?

マルチな肩書きを持つ堀 賢(ほり さとし)氏

日本の様々な医療関連感染(以前は院内感染と呼ばれていた)対策の学会や団体で、評議員や感染症対策ガイドラインの作成・改訂委員長を務めています。また、医療関連感染症サーベイダンスで取得したデータや、患者さんの発生状況などのデータを二次利用してコミュニティ・インディケーター・コンソーシアム1を作ったりしています。また英国で学んだ医療施設のエンジニアリングの基礎を、我が国の医療施設の建築や維持管理にも活用しています。あとは病院のJCI認証2にも携わっていたり、色んなことをやっています。

―感染制御学というワードは普段大学の講義や病院実習でもあまり触れる機会がないのですが、具体的にどんな学問なのでしょうか。

感染制御学というのは臨床現場に即した実学です。特に医療関連感染制御の場合、どこの臨床現場でも必ず起こりうる感染症をいかに最小限に留めるかに焦点を当てています。順天堂医院の場合、基礎疾患を持つ患者さんが毎日6,000人ほど訪れるので、そこで感染症が市中から院内に持ち込まれた場合には、感染患者の安全誘導や適切な検査体制に関するマニュアルが大事になってきます。今回新型コロナウイルスが新興感染症として出現してきていますが、例えば関連病院で処置した急変患者が、あとで実はコロナに感染していたと発覚した場合、これを職業感染というんですけど、その医療従事者を何日間休ませなければいけないのか、そういう場合のルールを作ったりしています。

*1 コミュニティ・インディケーター・コンソーシアム(Community Indicators Consortium; CIC):国連が掲げる「持続可能な開発目標(SDGs)」の地域への応用として地域課題を踏まえた地域目標策定が行われている中、昨今は地域での取り組みを進めるために課題や目標を地域内で共有し、成果指標など取り組みを可視化することが有効とされている。CICは米国を中心にウェブサイト上の参画型プログラムを用いて指標を活用した地域づくりを推進している団体である。堀先生は日本において同種の取り組みを行なっている。

*2 JCI(Joint Condition International):1994年に設立された第三者の視点から医療施設を評価する国際非営利団体。患者の安全性が担保されているか、高品質な医療が提供されているか、院内に継続した改善活動が行われる仕組みがあるか、などを評価する世界で最も厳しい基準を持つ第三者認証機構。2020年3月現在日本におけるJCI認定病院は順天堂大学医学部附属順天堂医院を含む29施設。


弱冠30歳で感染症学界に衝撃を与えた男、その異色なキャリア選択とは

―堀先生が感染制御学に興味を持たれたきっかけは何でしたか?

私は学生時代から研究がしたくて、たまたま学生の頃所属していたゼミが微生物だったので、部活動をやらずに遺伝子の組み換えとかずっとやってたんですよ。卒業してすぐ大学院に入って3年間は研究のみ、大学院4年目と臨床研修1年目はオーバーラップしながら修了しました。内科の3年間の研修(当時)を終えて呼吸器講座に入りました。レジデント2年目の時に、20年以上MRSAの特効薬として使用され全く耐性菌が出ない「魔法の薬」といわれていたバンコマイシンの耐性菌を見つけたんです。

伊藤 春花/(株)リクルート・メディア運営

 ―映画のようなエピソードですね!

院内感染でMRSAになった肺がんの患者さんに対して、当時の教授が「この人は体力が低下しているから投薬しても効かないんだろう」って言っていて、みんなもうんうんって言っていたんだけど、私は「ちょっと待って。この人、オペできるぐらい元気だったし、もしかしてバンコマイシンが効いていないのではないか」と思って、今では倫理的に問題あるんですけど、患者さんの痰を採取して研究室で培養してみたら、バンコマイシンに対する感受性が低下していたことがわかりました。それを教授と一緒に論文にして国内のいくつかの学会と海外だとLancet誌にも出したんですけど、耐性菌などいるわけないだろうと言われ全部リジェクトされて。そのあとイギリスのJAC誌 (Journal of Antimicrobial Chemotherapy)3にアクセプトされたと思ったら、4日後にアメリカのCDC4からも似たような耐性菌が報告されて。そんな風に世界的に一大センセーションを巻き起こしたのが1997年、呼吸器内科に入局して2年目の時です。

*3 JAC (Journal of Antimicrobial Chemotherapy):1975年Oxford Academicにより設立されたイギリスを代表する抗菌化学療法に関する医学誌。2017年のインパクトファクターは5.217。

*4 CDC (Centers for Disease Control and Prevention;アメリカ疾病管理予防センター):米国ジョージア州アトランタに本部を置く米国保健福祉省(DHHS)所轄の感染症対策総合研究所。今回新型コロナウイルスに対してもWHO(世界保健機構)と連携して分析・評価し、世界標準のガイドラインの制定等を行なっている。


研究医時代に身に着けた科学的に物事を考える癖

―レジデント2年目にしてそれまでの医学界の常識を覆す発見をされた背景には、やはり卒後すぐに大学院に進んで基礎研究を学んだことが大きいですか?

吉富 櫻嘉/順天堂大学医学部・メディア運営

基礎医学を先に修めてから臨床へ進んだことには、さまざまなメリットがありました。第一には、科学的に物事を考える習慣がついていたことです。普通は教授が回診で「こうだ!」と言ったらみんな賛同するじゃないですか。でも私は納得できなくて自分で検証してみたらやっぱり違うなって。そして論文を出した学会には全てREJECTされて、普通だったらそこでめげて取り下げる人が多いと思うけど、自分の信じるところは間違っていないと声を上げ続けていたら英国の化学療法学会で認められ注目を集めるまでになった。自分の考え方に理論の破綻が生じないように突き詰めて考えるということを徹底したから、科学論文に載るような発見ができたわけです。そしてそういう科学的な考え方は必ず臨床にも活きてきます。

―そして2年後の1999年、32歳のときに英国留学をされましたよね。

そうですね。あのあとLancetから詫び状がきてもう一本投稿してくれないかと依頼されて、共著として書いた論文がまたLancetに載って。そのとき、院内感染の“魔法の薬”に対する耐性菌を見つけた私には感染制御学の発展を担っていく義務があるのではないか、と運命を感じたわけですよ。ちょうどその時所属研究室の教授がイギリスで講演をしていて、その学会の会長から「日本では院内感染対策は行われていないのか」と聞かれて、ないと答えたら「あなたの研究室の学生を一人送ってくれればこちらでしっかり力をつけさせる」と言われたそうです。帰国した教授からその話をいただいたとき、二つ返事で了承して卒後8年目の時渡英しました。

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