外科医、研究者、起業家、開発者として医療課題の解決に挑む

テクノロジー

古い体質に縛られ、変化を起こしにくいと言われる医療業界。さらに法律や規制が厳しく、参入が非常に難しいと言われている。そんな医療業界を、XR(VR/AR/MR)技術によって大きく変えようとしている杉本真樹医師。彼がXR技術に着目したきっかけと過去の原体験、これから医療業界で活躍する若者へ向けたメッセージを伺った。
聞き手:中山碩人(筑波大学医学類),松原颯(順天堂大学医学部)/文:伊藤春花/写真:稲垣麻里子

杉本真樹氏 プロフィール
医師・医学博士、帝京大学沖永総合研究所 特任教授、Holoeyes株式会社Cofounder COO。医療画像解析、XR (Extended reality:VR仮想現実/AR拡張現実/MR複合現実の総称) 技術、手術支援システム、3Dプリンターによる生体質感造形など最先端医療技術開発のトップランナー。

※患者CTから作成した臓器のホログラフィーをHoloLens2で確認し手術を支援

「医師の崇高な使命感」医師になったきっかけ

ー杉本先生が医師を志した理由を教えてください。

杉本氏:実は幼少の頃は医師になろうという意識はありませんでした。小中高校一貫教育だったので、大学の進路を意識し始めたのは高校1年の時。ある書籍で「どんなに世界が混乱しても、医師は医師としていられる」という一文を読んだとき、とても崇高な使命を感じたのがきっかけでした。また、人間に興味があり、全身を診る外科に憧れていました。

医療で社会をよくする意識を持つ

杉本氏:医学部への入学は家庭環境や経済的な条件が必要です。しかし、どんな医療を目指したいとか、社会に出てからのことを考えている学生は少なかったです。まだインターネットが当たり前になる前の時代だったので、情報が得られにくいとは思いますが、1人の社会人として、医療だけでなく社会全体をよくしていくという意識を持つことが必要だと思います。

ー学生の頃から起業したいと考えていたのでしょうか。

杉本氏:いいえ、学生時代はひたすら外科医として腕を磨くことを考えていました。帝京大学大学院医学研究科で医学博士の学位を取得して、地域医療を経験した後にシリコンバレーに留学するまでは、現在のような活動は全然想像もしていなかったです。

「急性膵炎の重症化を解明したい」これまでにない価値をつくり世界を変える

ー大学院では何を専門に研究されていたのでしょうか。

杉本氏:大学院では、良性にもかかわらず致死率が30%もある重症急性膵炎に関して、その重症化機序を探るため、厚労省のプロジェクトに関わることになりました。ラットの基礎実験の結果、重症化にサイトカインや微小循環障害が関与することが証明でき、しかも膵実質の細胞が再生する仕組みも発見しました。

ーすごい発見ですね!

杉本氏:この論文がアメリカの学会雑誌に掲載され、高い評価を受けました。その時、「医療の進歩に貢献できれば、多くの人に影響を与え、世の中を良くすることができる」と実感しました。ないものは探すより創る方がいいことがあります。

XRに着目したきっかけ「病態を空間的に把握する」ということ

ーその頃の思いが、XR技術の開発にどのように繋がるのでしょうか。

杉本氏:きっかけは、自分の専門分野の肝胆膵手術の術前検査で必要な、ERCP(※1)という内視鏡で膵胆管造影を行う検査の際に、それが原因で偶発症として重症膵炎を発症し亡くなる症例が結構いるということでした。そこで、膵胆管の内圧上昇と感染が原因と考え、圧力がかからず感染リスクの低い二酸化炭素を陰性造影剤として使用しました。その結果、患者は全く痛みを伴わず、しかも細かい分岐まで造影することができました。
※1:ERCPは、偶発症による死亡事例が多いことで知られている。
『急性膵炎診療ガイドライン2015』第4版(編集:急性膵炎診療ガイドライン2015改訂出版委員会)

杉本氏:しかし、従来のX線透視画像では膵胆管の立体構造がよくわからないため、二酸化炭素を投与したままCTを撮影して3次元にするソフトを利用し、胆管と膵管の3次元像を作りました。そのソフトは学生では高価で数百万円もする、かつ放射線科の地下室にしかなくて外科医はすぐに使えない。
そんな中、ジュネーヴ大学の放射線科医が「OsiriX」というソフトをMac用に開発し世界中にオープンソースで公開していたのを見つけて衝撃を受けました。これを利用して、自分で撮像する方法や3D再構築の方法を研究しました。

臨床現場にも、教育現場にも。広がりを見せるXR技術

ーこの出来事が後にXRを用いた手術支援システム開発を担うHoloeyes株式会社の設立に繋がっていったのですね。

杉本氏:ないものは自分で開発するのが早いと実感したのです。今では3D画像を2Dモニターで見るだけでなく、3D空間で体験できるXR技術にまで開発を進めました。
CTやMRIの断層画像を三次元空間で体験できる弊社のサービスは、2020年2月に薬機法に基づき、無事医療画像処理ソフトウェアとして管理医療機器(クラスⅡ)に承認されました。現在は未承認バージョンとあわせて全国の約100の医療施設に導入されています。

ーHoloeyesが提供しているサービスは学生でも使うことができるのでしょうか。

杉本氏:全国の医学部や、看護学部、歯学部、獣医学部、薬学部などで、授業やカリキュラムで利用されたり、興味をもった医師や学生が個人的に使用しています。

ー病院実習などで使ってみたいですね。最後に何か学生にアドバイスをいただけますか。

学生時代は「社会で責任を果たすための準備」をする時期

杉本氏:有益な情報を発信しているところには、有益な情報が集まってきます。社会的に意義のある情報を絶えず発信していくことが求められます。また時間は有限なので、何でも飛びつくのではなく、常に優先順位を考えて、何が課題で何が魅力なのか、またやらないことを決めることもすごく重要です。

ー情報を発信し続けること、優先順位を決めることですね。

杉本氏:自分にとっての価値と、社会の価値は違います。自分にとってのメリットを優先してしまいがちですが、社会にとっての課題や優先順位の高いことを考えて情報発信していると、必ず自分に返ってきます。そういう問題意識に気づくことが大切です。学生のうちは社会活動と同時に、例えば企業でインターンシップを経験するなどして、人脈を広げて、情報収集しながら、社会に貢献するための責任は何か、を考えて準備をしておくといいと思います。

ー学生のうちから、「医療」という枠に囚われず社会を見据える姿勢が大事ですね。本日は本当にありがとうございました。
杉本氏がXR技術のトップランナーになるまでの経緯は、こちらの記事でも詳しくご紹介しております。

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