国際保健に携わる産婦人科医が医学生に伝えたいキャリア論
学生団体メドキャリは11月29日(日)に、来春よりWHO本部にて勤務予定である産婦人科医・HIRO先生をゲストにお迎えし、「医師×国際保健のキャリアを考える」というテーマでご講演いただきました。イベント当日は60名の医学生・医師を対象に、HIRO先生の多彩なご経歴をはじめ、国際保健領域を志す上でのアドバイスや医師のキャリア形成のエッセンスまでお話しいただきました。参加者との質疑応答も大変盛り上がり、2時間というイベント時間があっという間に感じられました。
イベント後アンケートでは以下のようなお声がたくさん寄せられました。
・大学では聞くことのできない貴重なお話をしてくださってとても勉強になりました。これから将来を考える際に参考にします。
・今回先生の講演に参加させていただき、以前から興味のあった国際保健に関して多くの知見が得られました。また、先生の実際の経験を伺うことで自身の将来のキャリアプランがより具体的に描くことができるようになり、今後のモチベーションが高まりました。
あなたにとっても本イベントレポートが有益なものになると嬉しいです。(文章:吉富櫻嘉/順天堂大学医学部医学科5年)
プロフィール
Twitter: HIRO@COVID research🇯🇵
産婦人科専門医 / MSc Health Policy /「産婦人科×国際保健」のキャリア形成
【経歴】
– 18歳 地方公立大医学部
– 24歳 初期研修
– 26歳 世界一周
– 27歳 後期研修にて産婦人科を専攻
– 30歳 国際医療協力局にて国際保健業務に携わる
– 31歳 国境なき医師団に産婦人科医として従事
– 32歳 ロンドン大学に修士留学し、医療政策学を専攻
– 現在 日本の大学でCOVID19に関する総合研究・データマネジメントに従事
どうして産婦人科医として国際保健に携わろうと思ったのか?
初期研修後のモラトリアム期間でキャリアの方向性を模索
18歳で国立大医学部に入学、24歳で初期研修を始めたHIRO先生は、26歳の時(初期研修修了後)1年間“ニート”になるという決断をしています。
もともと海外が好きだったHIRO先生は、学生時代に初めて行った一人旅を通して貧富の差を目の当たりにし、世界の広さに衝撃を受けたといいます。「このままでいいのか?医師以外のキャリアは何があるのか?」そう上司に相談したが納得のできる回答を得ることができず、後期研修を始める前に自分に対して1年間のモラトリアム期間を与えたのです。
最初の5ヶ月間はさまざまな非常勤バイトをこなし、旅の資金を稼ぎました。医療系NGOとして2ヶ月間アジアでボランティアを行ったのち、バックパッカーとしてアジア・南米を一人で練り歩きます。
そうした生活を送るうちに、発展途上国を含む海外に対する好奇心が強くなる一方で、社会のどこにも属していない孤独感を抱くようになり、この経緯から国際保健をキャリアとして目指す決意を固めたといいます。そして国際保健というフィールドでの需要の広さを考慮し、元々興味のあった産婦人科を専門として後期研修を行うことを選択したのです。
国際保健という目線から見た発展途上国の産婦人科現場
専門医を取得後、30歳から国際医療協力局(国際保健業務を主体とする国内組織)に従事したHIRO先生は、カンボジアやザンビア、モンゴルなどにおいて子宮頸がん検診の立ち上げや産婦人科レジデントマニュアルの作成といった、発展途上国の保健プロジェクトに携わりました。臨床を通じてではなく、プロジェクトを通じて現場の健康レベル向上に寄与する業務を経験するのです。
その後、国境なき医師団にも参加し、産婦人科医として2ヶ月間南スーダンに赴き産科病棟のマネジメントを経験します。現地では24時間オンコール体制で帝王切開などの緊急手術を担当しました。薬・人・輸血など資源が限られている現地では、日本では救える命が救えないという場面に何度も直面し、臨床医としての限界を実感したといいます。
「本当に必要なことは何なのか?どのようにしたら現状は改善されるのか?」自分の考えを押し付けるのではなく、本当に現場に必要なものは何か考え続けました。そしてHIRO先生が辿り着いた答えは、医療へのアクセス(教育的アクセス・地理的アクセス・経済的アクセス)を提供することでした。これらの経験を通して、より系統的に国際保健・公衆衛生・医療政策を学びたいと思い、ロンドン大学に修士留学します。
国際医療協力局と国境なき医師団での経験から更なる高みへ
ロンドン大学の授業では医療経済学と感染症疫学が特に印象に残ったと振り返ります。医療経済学は「限られた資源をどう分配したら全体の健康レベルが上がるのか」実戦的な答えを出すための学問。まさにHIRO先生が南スーダンで苦悩した経験そのものです。
さらに、感染症疫学は「感染症の流行を予測し、感染拡大を抑えるためにどうすればいいか」数学のシミュレーションなどを用いて分析する学問です。ちょうどこの時期に新型コロナウイルスが流行し、ロンドンの街はロックダウン、学校もすべてオンライン授業になったのを契機に、4月に帰国し、オンラインでコースを続けたのち9月に卒業となりました。
現在、大学の研究員としてCOVID-19のデータリサーチ・疫学研究を行っているHIRO先生ですが、来年からはWHO本部に勤務し、HPVワクチンの部署に配属予定です。WHOの掲げる「子宮頸がん排除」のための世界戦略に関する業務を担当予定です。
国際保健領域におけるキャリア形成のポイントとは?
3W1H思考法
キャリアを考える際に特に大事となってくるのが「選択肢の受け皿」です。後になって知らなかったと後悔するのは勿体無いので、キャリアを考え始めたらまず情報収集をすることがおすすめだとHIRO先生はいいます。
キャリア形成の3ステップ
①情報収集をする、②自分の適性を知る、③具体的なステップを知る
情報、つまり選択肢が増えてきたら、次に自分の適性を知る段階に進みます。この際、選択肢の特徴を把握するために有用なのが「3W1H思考法」であると先生は以下を提示しました。
– When:いつから応募ができるのか
例)卒後いつでも、研修医終了後、専門医取得後、指導医取得後など
– Where:どこで働くことになるのか
例)発展途上国、国際組織、研究機関、国際NGOなど
– What:どの分野の業務を行うのか
例)感染症分野、母子保健、非感染性疾患(NCD)など
– How:どのようなアプローチで貢献するのか
例)臨床、公衆衛生、政策、研究など
Do no harmの原則
どの業界でもそうですが、特に国際保健領域で大事なのはDo no harmの原則を守ることです。つまり、現地の人が「かえって迷惑」だと感じる行為をしないよう気をつけなければいけません。
具体例としては発展途上国の貧困ツーリズムがあります。先進国の人々向けにスラム見学ツアーを開催すると、「スラムのままいるほうがビジネスになる」という考えを現地の人に植えつけてしまいます。また、東日本大震災や熊本地震の際も、被災地が本当に必要としているものを考えずに支援をすることは、送りたい側の押し付けになりかねません。
理想のキャリアを築くためには?
Life is too short.の考えに基づき「最適解」を考える
自分の大原則は「Life is too short(人生は短い)」です。経歴を話すと「どうしてそんなことができるのか」とよく聞かれます。自分の中でキャリアを築く際のモチベーションは好奇心、その上で社会貢献したいという思いがあり、また自分の特殊性も生かしたいと思いました。これらを組み合わせて考えた時の最適解として、国際保健にたどり着いたんですね。自分の特徴を知っていきながらキャリアを考えるのはすごく面白いことですが、キャリアはあくまで人生の一部に過ぎないということも覚えていてください。
失敗談から学ぶキャリア形成のTips
・目的と手段を混同しない
例えば留学したいと思った時、それは目的ではなく手段であると認識することが大事です。自分の場合、留学は国際保健を学ぶという目的のための手段であって、国内ではしたいことができなかったから国外に行っただけです。「キラキラしたもの」を目的にしてしまうと、後々自分が困ってしまうので注意が必要ですね。
・プランBを考える
臨床だけをやると思っていたが臨床が立ちいかなくなった時に困って自分はニートになりました。それはそれでいい経験でしたが、プランBを準備しておくことは大切だと学びました。1つのキャリアを究めることは素晴らしいですが、挫けた時に体調を崩したり精神的に崩れたりする場合も多いので、健康維持のためにも必要です。
・礼儀を尽くす(一番大事)
お世話になった先生に近況報告をすること。国際保健のキャリアの中でたくさんの方にアドバイスをいただいてきました。そのアドバイスによって、自分の意識や行動がどう変容したかを報告すると長い付き合いになります。お世話になった人には特に、自身の今後の進路について連絡することが大切です。
学生のうちにしておくべきこと
部活でもバイトでもなんでもいいので、その時の自分が一番のめり込めるものに没頭してほしいと思います。英語力を鍛える、途上国の旅をする、医学部以外の友達を作って閉鎖的な環境を打ち破る、インターンやボランティアの経験をするなどがお勧めですが、自分の場合は部活ばかりにのめり込んでしまいました(それでも挽回は可能です)。時間が余っていて何かやりたいと思ったら、参考になればと思います。
Take Home Message
「Life is too short」いろいろなことに興味を持ち、自分だけの人生を見つけてください!
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