アメリカで医師として働くこと志賀隆先生インタビュー vol.2

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日米両国の救急科専門医資格を持つ医師・志賀 隆先生。大好評だった前回に引き続き、Vol.2ではテーマの『アメリカで医師として働くこと』についてたくさんお話を伺ってきました。世界一位と称されるメイヨークリニックとのマッチングやアメリカの研修病院の選び方、レジデンシーのリアルな1日、さらには給料やプライベートについても。これを読めばアメリカで医師として働くことについて、より具体的なイメージが持てるようになることをお約束します。

 


  1. メイヨーとマッチングするためには
  2. 研修病院を選ぶ際の着眼点とは?
  3. ちょっと気になる、お金の話
  4. レジデンシーのリアルな一日〜平日編〜
  5. レジデンシーのリアルな一日〜休日編〜

 

1. メイヨーとマッチングするためには

 

浦添総合病院で後期研修を修了したのち、メイヨークリニックでレジデントを専攻されましたよね。メイヨーとマッチングするために何をすることが重要でしたか?

 
 

推薦状(レター)が最重要になってきますね。”Tintinalli’s Emergency Medicine”という救急医のバイブル教本がありましたが、その著者である女医のTintinalli先生のもとに1ヶ月押しかけて、カンファでプレゼンさせてくれって言ったりして推薦状を書いてもらいました。その人はたまたま私の先生の友達だったので紹介してもらって。アメリカではレターが当たり前だから、どうやったら自然に書いてくれるかなって考えて、猛烈にアピールしてましたね。あと、オレゴンにもDaya先生という先生がいて、その人からももらいましたし、米軍病院のプログラムディレクターからもレターを書いてもらいました。ベストインターンをもらったり、救急医学会で発表したり、救急医学会の委員会活動もしていました。履歴書や志望動機と実際の行動が一致していたのだと思います。また、面接でも情熱的になるようにしたので好印象だったのではと思います。

 
 

あとは志望動機欄。アメリカではドラマチックな志望動機が好まれます。実際に私はこんな風に書きましたよ。

「なんでここは救急病院なのに患者を診ないんだ!」蕁麻疹の患者が言った。
これは私が初期研修をしていた病院での話だ。
私は自分に問うた。「誰が正しいのか。」
患者だ。
この国の救急はまだまだ未発達だ!私はこの国を変えようと決心した。
日本で研修しても無駄だから米軍病院を経て今に至っている。


メイヨーの教授に、「志望動機と行動があっている。3人ものすごい先生からレターを書いてもらっている。ベストインターンも獲っている…こいつ本当に凄いんだな。」って思わせられたことが勝因ですかね。笑

 

2. 研修病院を選ぶ際の着眼点とは?

 

そもそもどうしてメイヨーを選ばれたのですか?

 
 

アメリカ人は大げさというか、実力以上にアピールするんですよね。私は6、7個の病院にインタビューに行きましたが、その前日に必ず病院見学をするようにしていました。多くの病院は1時間も見学すればインタビューで言っている内容が明らかに美辞麗句だってわかるんですね。でもメイヨーだけは驚くほどに言動一致していた良い病院でした。

 
 

へえ!具体的にメイヨーのどのような点が良かったですか?

 
 

アメリカの大体の病院は待ち時間が長いんです。大きな救急外来とかだと軽症だと1日待ちとかあって、例えば脳卒中ですら日本の感覚ではCTの待ち時間が長いんです。だけどメイヨーは日本よりも早いくらいでしたね。レジデントの先生も真っ当な診察をして、真っ当なタイミングでCTをして、「これは他と違うな」って。女性の先生だったんですけど、アメリカ人は嘘をつく人が多い中でその方は誠実でした。あとはメイヨーのブランド力が強いというのもありましたね。ここでトレーニングしたら将来的に自分の価値は上がるというのが保証されているので。

 
 

メイヨーでの生活はどのようなものでしたか?米軍とはまた違ったものでしたか?

 
 

国が違う以上に全然違います。米軍病院は軽症の患者さんがほとんどで、病院の規模も小さかったし、軍の指導医もそんなにガツガツしていなかった。それに比べて、メイヨーは重症の患者さんもたくさんいるし、やっぱり世界一の病院なだけあって、アグレッシブな医師もいるし高度で複雑な医療を行なっていたので、ハードというかすごく真剣でしたね。

 

3. ちょっと気になる、お金の話

 

ぶっちゃけ、給料はどのくらいでしたか。

 
 

給料やすかったですよ。沖縄にいた時結構もらっていたのでその1/3くらいかな。

 
 

それはレジデント一律だったんですか?

 
 

そうなんですよ。その分物価も安いんでね。貯金は減りますけど。

 
 

沖縄で暮らしてた時の給料を切り崩しながら暮らしてたんですね。

 
 

そうですね。ボストンに行ってから(レジデント2年目)はそんなに高くなかったけど、時短でも指導医だったんで。指導医って面白くて、ある程度患者数を見ていたりすると、実績に応じてお金が入ったりするんです。一万ドルのペイチェックが入ってたりとか。「あ、また来た」みたいな感じ。そもそも固定給から上澄みを取られた状態で給料が設定されてて、ちょっと良かったりすると、給料が来るみたいなそういう給与設定だったんですね。「言われてたよりももらっちゃってていいな」みたいな。笑

 

4. レジデンシーのリアルな一日〜平日編〜

 

仕事はやっぱり忙しかったですか?

 
 

忙しかったよ。ERは10時間のくらいのシフトが週に4、5日かな。そんなに多くないように思うかもだけど。

 
 

10時間って何時から何時が多かったですか?

 
 

23-7、19-4、15-23、7-16とか満遍なくありましたね。

 
 

毎日怒涛のように患者を診ていましたね。たくさん患者を診たくてしょうがなくって。アメリカの救急志望でないレジデントは大体みんな「いかに患者を診ないで済むか」って考えてるから、お昼ご飯も30分かけて食べたりするんだよね。私は朝カフェテリアで買ってきたものを5分くらいで食べて、すぐまた患者さんを診ていました。
ERの1エリアにはレジデントが2人、病床が10床くらいあって、新しい患者さんが来るとベットのライトが点滅して知らせてくれるんですけど、みんな大体無視するんですよ。なので普通に考えたら担当病床を5:5で割るところ、いつも私は6:4か7:3で多く診ていました。
引き継ぎもなかなか引き継いでもらえなかったりして、実質残業して帰りが遅くなったり。帰った後は家族でご飯を食べたりですね。

 
 

いやあ、今思い返してもやはりあの忙しさはすごかったですね。日本でも大変なのに英語だったし。今まで何十人もレジデントを教えてきたけど、アメリカの救急レジデンシーをうまくやってのけられそうな子って本当に一握りでしたね。日本人の研修医って3人くらいの患者さんは並列で対処できるけど、7人とかを並列で対処できるワーキングメモリを持つ人って少ない。誰かがレントゲンに行っている間にこっちを診て、こっちをやってみたいな、それを7人相手にやるのはなかなかのことでしたよ。

 
 

すごすぎます…

 

5. レジデンシーのリアルな一日〜休日編〜

 

ここからプライベートについてお聞きしていきたいと思います。休みは週何回でしたか?

 
 

大体仕事が4、5日なので、週に2、3日休みでしたね。ただ、毎週4時間のカンファがあって「今日休みなのに〜」みたいなこともありました。

 
 

当時ご家族はどうでしたか?

 
 

妻と結婚してアメリカに行って、2年目の時に子供が生まれて、5年目の時に2人目が生まれましたね。

 
 

じゃあ子供さんは英語ペラペラですね!

 
 

そんなことないですよ。ちっちゃ過ぎちゃって何も覚えていなくて、市民権(国籍)だけ持っている状態です。「アメリカなんて行きたくない!」って言っていますよ。笑 でも、あとで役に立つことあるんですよね。大きくなってアメリカに行きたいって思った時に、二重国籍だとグリーンカードがなくても永住できるから。

 
 

休日はご家族で過ごされてましたか?

 
 

そうですね、子供もいますし、奥さんもいるから家族サービスしないと。自分は休みたかったですけど。笑 

 
 

趣味などの時間はありましたか?

 
 

ミネソタ時代に日本人の女性と結婚したアメリカ人の方がいて、その人が剣道をやっていたんですよ。私も昔剣道やっていたんで、休みの日とかはちょこちょこやりましたね。あとは、アメリカ人はほとんど来ないんだけど、メイヨーで働いていた中南米と中国の人たちとフットサルやってました。

 

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